大学院生たちのチームがコンピューターの前に集まっている。ここは米国マサチューセッツ州ケンブリッジ、マサチューセッツ工科大学(MIT)エドガートンセンター3階の一室だ。超音速チューブ輸送システムは、いまここで実現しつつあるのかもしれない。
チームはシミュレーションと計算を繰り返し、時速1000キロを超す速さで人を輸送できる浮上ポッド(車両)の設計を進めてきた。そのコンセプトに基づく模型を手にしているのは、チーフエンジニアのクリス・メリアン氏だ。同氏らの設計案は、世界各国の学生が参加した初のコンペで1位を獲得した。
MITの学生たちが踏み出す次のステップは、実際にポッドを作ることだ。予定では3月初めに製作を始め、今年の夏には、磁石を埋め込んだボブスレーのような試作機を「ハイパーループ・ポッド・コンペティション」のグランドフィナーレでテスト走行させる。コンペの主催者であり、イーロン・マスク氏がCEOを務める企業スペースXは、参加チームに「殻を破ろう」と促している。(参考記事:「ロケットの垂直着陸に成功、ファルコン9で2例目」)
「ハイパーループ」に不安を感じる人には朗報がある。テスト走行には、人は乗らない。
マスク氏の着想は、当初は絵空事に思われた。ペイパル、テスラ、スペースXの共同創設者である同氏は、火星の植民地化も「できる」と信じる夢想家でもあるからだ。しかし、彼がこの「輸送における第5のモード」を提案してから2年半の間に、ハイパーループ構想は確実に支持を得てきた。マスク氏を動かすのは、およそ640キロ離れた「ロサンゼルスとサンフランシスコを30分で結ぶ」という目標だ。(参考記事:「テスラに脚光、エジソンに並ぶ発明家」)
1月29、30日にテキサスA&M大学で開かれた、コンペを含めたイベント「デザイン・ウィークエンド」で、マスク氏は「ハイパーループが現実になるという実感がわいてきました。一般の人々も世界も、何か斬新なものを欲しているのは明らかです」と話した。さらに、「あなた方が取り組んでいる計画は、世の中をあっと驚かせることでしょう」と学生たちを激励した。(参考記事:「夢の超音速列車「ハイパーループ」、成否の鍵は?」)
現在、少なくとも2社がチューブ輸送を独自の方式で商業化しようと動いている。そのうちの1社、ハイパーループ・テクノロジーズのCEO、ロブ・ロイド氏は「文字通り、ハイパーループを建設中です」と語る。同社は、ラスベガス近郊に敷いた長さ3キロ近くのテストトラックで、実物大のポッドを走らせる計画を立てている。ライト兄弟が初飛行を成功させた地になぞらえて、氏は実験を「キティーホークの瞬間」と呼ぶ。(参考記事:「ライト兄弟の知られざる「飛行問題」」)
「ハイパーループは実現可能なシステムです」と話すのは、MITハイパーループチームのプロジェクトマネージャー、ジョン・メイヨー氏だ。彼自身、初めはこのアイデアに懐疑的だったそうだ。だが今は、運ぶのが貨物であれ人であれ、いつか何らかの形で実用化されると予想している。メイヨー氏は、「技術的には答えを出せる」と話す。むしろ本当の課題は、採算が合う額で建設できるか、政府の承認を得られるかだという。
そもそも、なぜハイパーループなのか?
「数年前、私はロサンゼルスで渋滞に捕まり、予定していた会合に1時間も遅刻してしまいました。そのとき、『まったく、もっといい移動手段があるはずだ』と思ったのです」。サプライズで登場したデザイン・ウィークエンドの会場でマスク氏はこう話した。
「この会合で、思いついたばかりのアイデアを何の気なしに口に出しました。その後、これはもっと詳しく説明すべきことではないかと感じたのです」。そこで2013年8月、58ページにわたる白書をスペースXのウェブサイト上に掲載。この構想はさほど話題を呼ぶとは期待していなかったが、反響は予想を大きく超えた。
マスク氏の提案は無謀と言えた。乗客を乗せた車両(ポッド)が太陽電池で空中に浮かび、鉄塔に支えられた細長いチューブの中を、音速とほぼ同じ時速約760マイル(1223キロ)で疾走する。氏はハイパーループを「コンコルド、レールガン、エアホッケーテーブルをかけ合わせたようなもの」と表現し、飛行機、鉄道、船、車に続く「輸送における第5のモード」になり得ると語った。(参考記事:「デトロイト自動車ショー、5つのエネルギー革新」)
カリフォルニアでは、最高時速220マイル(354キロ)、2時間半でロサンゼルスとサンフランシスコを結ぶ高速鉄道が提案されているが、マスク氏は「遅すぎる」と一蹴。代案のハイパーループなら、同区間を30分で移動できる。氏の見積もりでは、建設費用は60億~100億ドル。600億ドル超を要する高速鉄道よりもはるかに安い。
「ある都市に住み、職場は別の都市。それが可能になれば、人々の自由がもっと広がります」と、マスク氏は学生に展望を語った。
賛同者も現れた。1年経つか経たないかのうちに、少なくとも2社がマスク氏の構想を実現しようと動き出した。
「都市の定義が変わります」とロイド氏は言う。シスコシステムズ社の元取締役で、現在はハイパーループ・テクノロジーズを率いるロイド氏は、音速のチューブ輸送で通勤時間は大幅に減ると付け加えた。カリフォルニア州で設立されたばかりの同社だが、名のある人材を次々と巻き込んでいる。スペースX出身のエンジニアであるブローガン・バンブローガン氏、2012年のオバマ大統領再選キャンペーンで選挙対策本部長を務めたジム・メッシーナ氏、ペイパルでマスク氏の下で働いていたデイビッド・サックス氏、有償ライドシェア企業「ウーバー」への投資家であり、マスク氏にハイパーループ構想の発表を促したシャービン・ピシュバー氏ら、いずれもビッグネームだ。(参考記事:「自動運転タクシーで温室効果ガス94%減、米研究」)
チューブ輸送の商業化に向けた開発レースについて、ロイド氏は「どう見ても、わが社が最も先を行っています」と自信を見せる。ネバダ州にあるアペックス・インダストリアル・パークで、同社は野外実験に使う推進モーターの製作を始めている。今年の春にはテストトラックを建設し、試験を始める予定だ。
「世界中がハイパーループに関心を持っています」とロイド氏は言い、欧州とロシアで貨物や人を運ぶチューブ輸送システムが議論されていると指摘。特に港では、「コンテナを運ぶ短期的需要」が多く見込まれると語った。
別の起業家、ディルク・アールボーン氏は2015年、自身がCEOを務めるハイパーループ・トランスポーテーション・テクノロジーズ(HTT)が、2016年にテストトラックの建設に着手すると発表。カリフォルニア州内の高速道路I-5沿いにある新しい街、クエイ・バレーの近くに、約8キロのコースが作られる予定だ。HTTは、日中は大学やボーイング、スペースXといった企業で働く専門家が、将来の利益を見込んで副業として開発に携わっているネットワークだ。
HTTの計画では、気圧を一定に保ったチューブ内で、空力設計されたアルミ製ポッドを磁石とファンを使って駆動する。鉄製チューブの天井にはソーラーパネルとバッテリーパックが装備され、夜間や曇天時にもエネルギーを利用できる。
アールボーン氏は、ハイパーループは鉄道より安く済むと説く。既存の高速道路上に鉄塔を使ってチューブを設置するため、線路を敷く必要がないうえに、土地取得の費用もかからないからだ。悪天候や自然災害時でも運行可能だという。
もちろん、ハイパーループの長所を疑問視する論者は多い。鉄塔は地震に耐えられるのか? ソーラーパネルで十分な電力を得られるのか? 急な発進やカーブ、勾配、減速で、乗客は酔わないのか?