未来型都市ペルージャの“ミニメトロ”

2011.01.27
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イタリアの丘陵地帯の都市、ペルージャを走る小規模鉄道システム「ミニメトロ」。都市部の交通渋滞を軽減するこの鉄道システムは、単なる公共機関に留まらない。建築、テクノロジー、そしてデザインの面でも優れているという。

Photograph by Franco Origlia, Getty Images
 午後7時になると、イタリア、ウンブリア州の州都ペルージャにあるヴァンヌッチ大通りの散歩行事「パッセジャータ(passeggiata)」は最高潮を迎える。一帯が歩行者天国のようになり、10代の若者はジェラートを食べながら大通りを散策し、夫婦はベビーカーを押しながら友人と言葉を交わす。学園都市としても知られるペルージャでは、パッセジャータの最中は大学教授もこの付近を散歩しながら知り合いとあいさつを交わし、途中で政治談義に花を咲かせることもあるそうだ。 ヴァンヌッチ大通りは、幹線道路というよりは人々がくつろぐ空間としての意味合いが強い。建物が夕日に染まり始めると観光客や仕事を終えた地元の会社員たちがカフェに急ぎ、ショッピングに精を出すが、多くの大都市と異なる点は、車やバイクを停める場所に悩まなくても良いことだろう。

 歩行者や建物の装飾に彩られたなごやかな光景が日常化したのはつい最近のことだ。かつてこの大通り周辺は乗用車やトラック、バスで溢れ返っており、建物はススにまみれていた。狭い通りの交通は麻痺し、地元の住人たちは自分たちの美しい町がなぜ悪夢のような場所になってしまったのかと嘆くばかりだった。

 世界で最も車が少ない都市を謳うイタリア北部のベネチアをはじめ、ヨーロッパには歩行者天国の採用などによって交通量を厳格に制限している都市がある。ペルージャは、歩行者に優しいインフラへの投資を行って成功を収めた小都市の典型的なケースとなった。

 最初は1980年代、数基のエスカレーターから始まった。

 以前、都市考古学者たちがペルージャの地下深くにある駐車場の下で古代ローマ都市の地下道を発見していた。やがて16世紀以来埋もれていたこの一帯を展示するため、ペルージャは地下区画の開発を始めた。この区画とペルージャの中心部をつなぐために数基のエスカレーターが設置され、地下の基底部には駐車用の複数階層のビルとバスの停留所が新設された。運搬車とタクシーを除き、ヴァンヌッチ大通りからのアクセスは厳しく制限された。

 エスカレーターと駐車場の増設が進み、やがて交通制限区域(ZTL:Zona di traffico limitato)が制定された。ペルージャの中心部では、許可無しでは車で移動することも駐車もできなくなったのである。

 しかし、当時の関係者の間では、このまま事態が進めばペルージャが単なる博物館になってしまうという懸念もあった。さらに、年間を通して開催されるさまざまな祭事のために、交通の便や駐車場、エスカレーターに高負荷をかけず参加者を迎える手段の開発が急務となっていたのである。

 以後、さまざまな代替措置が検討された。かつては路面電車が駅と中心部の間を行き来していたが、当時と比べると交通量は格段に多くなっている。地下鉄構想は丘陵地帯の急傾斜が阻み、そもそも人口16万人の都市では、大規模なシステムの構築と運営をまかなえるだけの税収が見込めなかった。しかし、10年にも及ぶ議論が交わされ、ペルージャはやがて革新的なプランに賭けてみようと決断した。都市交通システムの整備を業務とするイタリアのLeitner AG社が開発した全長3キロほどの小規模鉄道システム「ミニメトロ」だ。

「ペルージャのような豊かな芸術と歴史を誇る都市では、独自の手法が必要になる。その点ミニメトロは、単なる公共交通機関ではない。建築、テクノロジー、そしてデザイン面の要件もカバーできる」とペルージャ市長のウラディミーロ・ボッカリ氏は語っている。

 丘陵地帯のふもとで主要な鉄道駅への乗り換えができる駅があり、それぞれの駅のアバンギャルドなデザインは、フランス人建築家ジャン・ヌーヴェル氏が手掛けた。ヌーヴェル氏は、建築界のノーベル賞とも称されるプリツカー賞を2008年に受賞している。

 ミニメトロの電車は約1分ごとに到着し、切符は多言語に対応した券売機で購入する。値段は1回の乗車につき1.5~2ユーロ(約170~220円)ほどだ。

 1つ目の地下の駅は洞窟とSF映画のセットが融合したような雰囲気の中にある。照明に照らされたトンネルを走っていくと、最新式の設備が整っているターミナルに行き着く。

 ペルージャのような小都市にとっては一大プロジェクトだと言えるだろう。実際、北アメリカの同じ規模の都市に同様の鉄道システムは存在しない。例えばペルージャと人口が同程度のデイトン市やオハイオ市には、通勤用鉄道がなく、国の主要鉄道にアクセスできる手段もない。

 この違いはどこから来るのだろうか。「ヨーロッパの都市はより規模が小さく、独自の進化を遂げてきた」。そう語るのは、スタンフォード大学のプレコート・エネルギー効率センター(Precourt Energy Efficiency Center)で代替エネルギーと輸送システムを研究しているリー・スキッパー氏だ。「自動車に頼らない住みやすい都市を作り上げていこうという意識が高く、広範囲の歩行者天国を採用している都市も多い」。

 ただし、「ミニメトロも完全ではない」と前出のボッカリ氏は語る。「沿線の住民が常に騒音に悩まされているため、祭事以外の時期では夜9時20分以降は運行できない。しかし毎年300万人もの人々が利用するミニメトロは、ペルージャの一大プロジェクトで市民の誇りだ」。

Photograph by Franco Origlia, Getty Images

文=Anthony Paonita in Perugia, Italy

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